重症筋無力症と共に生きる女性の人生とは?
医師が語る自分らしい生き方

女性

仕事や結婚、妊娠、出産など、女性にはさまざまなライフステージがあります。「こんなふうに生きたい」と思い描いたことがある方も多いでしょう。

そんな中、重症筋無力症を抱える女性たちはどんな人生を歩んでいるのでしょうか。病気のことが頭をよぎって、自分らしい生き方を選べずに悩んでしまうことも少なくないかもしれません。

そこで今回は、神経内科医の新潟大学大学院 医歯学総合研究科 医学教育センター 神経内科 准教授 河内 泉 先生と東京都立神経病院 脳神経内科 部長 蕨 陽子先生に、重症筋無力症の闘病をしながら生きる女性たちのエピソードや、自分らしく生きる考え方のヒントを伺いました。

重症筋無力症の女性が生活の中で感じる障壁

重症筋無力症(myasthenia gravis:MG)の特徴は、全身の筋力が低下して疲れやすくなることです。特に眼の症状を起こしやすく、まぶたが下がって見にくくなったり、物が二重に見えたりすることもあります。また、手足に力が入りづらかったり、飲食しづらくなったり、鼻声になるなどの症状が出る場合もあります。
また、症状には日内変動(朝は元気だが夕方から辛くなるなど)や日差変動(日によって症状の重さが違う)があるため、周りの人に理解されにくい側面もあります。
これらによって生活の中で感じ得る困難について、河内先生に教えていただきました。ライフステージ別に見ていきましょう。

学校生活

体育の授業では、思うようにできなかったり、疲れてしまってその後の授業に支障が出ることがあります。
通学時に体が動きづらくなる場合には、薬を処方することもあります。
また、試験勉強や受験勉強などで夜遅くまで勉強するのが難しいことなどから、学校の成績が落ちてしまうこともあります。

仕事

立ち仕事や力仕事の場合は、体が疲れ長時間働くことが難しくなりがちです。また、症状の日内変動や日差変動から、同僚に病気のことを理解してもらえず、働き方や人間関係に悩む方も少なくありません。

家事などの日常生活

階段を上り下りする、布団を上げるなど、筋力を使う動作は負担がかかります。また、立ち続けて料理をする・掃除をするのもつらいと感じることが多いでしょう。
眼の症状から、自動車の運転も難しくなりがちです。

妊娠・出産

「重症筋無力症を抱えながらの妊娠・出産が可能なのか」と悩まれるケースがよくあります。思春期の場合は保護者や、大人の場合はパートナーなど、家族を巻き込んで悩んでいる方が多いです。

また重症筋無力症の患者さんから産まれた新生児または胎児には、一過性筋無力症状が現れることがあります。ただし、母親が妊娠中にしっかりと治療していれば、分娩で力が入りにくいこともありますが経膣分娩も十分可能ですし、胎児・新生児の生育にも問題がないことがほとんどです。 このことを理解して、妊娠を希望する場合も、医師と相談しながら治療を続けていくことが大切です。

国立生育医療研究センターの事業で、もっと妊娠・出産しやすく

妊娠を考えている患者さんを支え、より妊娠・出産をしやすくなるための活動をしている機関の一つに、国立生育医療研究センターがあります。センター内には「妊娠と薬情報センター」が設置されており、妊娠・授乳中の薬物治療に不安を持つ患者さんからの相談に対応しています。全国47都道府県に常設されているので、悩むことがあればぜひ活用されると良いでしょう。
また、妊婦・授乳婦への薬の使用について、禁忌とされてきたものが本当に服用してはならないものなのか、再度検討して、必要に応じて改定する活動も行っています。
これらの活動によって、患者さんが治療を続けながら安心して妊娠・出産できる環境が整ってきています。

育児

母親である患者さんが、夜泣きするお子さんの対応をしていると、十分な休息が取れず体がつらくなってしまいます。また、産褥期(さんじょくき)の疲れや負担によって風邪や病気にかかりやすくなり、重症感染症のリスクが高まることにも注意が必要です。

介護

ベッドからの移動や入浴のサポートなど、介護では力を使うシーンが多いため障壁を感じやすいです。また、認知症やアルツハイマーによって夜間に起きてしまう方を介護している場合は、十分な休息が取れず疲れが蓄積されてしまいます。

高齢者の生活

重症筋無力症の症状に加えて、腰痛や骨粗しょう症の進行など、加齢によって起こる変化とも付き合っていく必要が出てきます。また、長期にわたってのステロイド投薬によって骨が弱くなり、重い物をかつぐだけで背骨が圧迫骨折してしまったり、スキーなどのスポーツによって大腿骨頭の一部が壊死して痛みが出たりと、若い頃には起こらなかった異常が起こる場合もあります。

症状に悩む女性が自分らしく生きるためのヒント

上記のように重症筋無力症患者さんは生活の中で困難を感じることがありますが、その中でも自分らしく幸せに生きていくには、どのような考え方・行動が大切なのでしょうか?河内先生、蕨先生のお二方に、そのヒントを教えていただきました。

80%を目指して、頑張りすぎずに長く健康を保つ

「重症筋無力症は、昔のように寿命が短くなるような病気ではなくなりました。生涯にわたって付き合っていく病気です。そのため長い人生を、病気と折り合いをつけながら、心と体を健康的に保って過ごしていくことが重要です。

それを理解した上で、長く心身のバランスをとっていくために、患者さんには “健康の10円玉貯金”をお勧めしています。毎日10円玉を貯金して少しずつお金を貯めるのと同じで、毎日少しずつ余力を残して過ごすと良いでしょう。ここぞというときにはその健康貯金を使って、旅行などやりたいことが実現できれば、自信にもなります。」(蕨先生)

「“頑張りすぎない”ことはとても大切です。学校での体育の授業でもお仕事でも、120%の力で頑張ろうとされているケースがよくあります。その気持ちは素晴らしいことですが、後から体がつらくなってやりたいことができなくなると困りますよね。ですから患者さんには、毎日の生活では何事も80%くらいを目指してやっていきましょうとお話ししています」(河内先生)

サポーターをたくさん作る

「どの患者さんにも共通して、“サポーターをたくさん作ること”をお勧めしています。困ったときに頼れる人や話を聞いてくれる人など、いろいろな形でサポートしてもらえる存在をたくさん作っておくと良いでしょう。その関係性を築くために、いつもニコニコしてコミュケーションをよくとると良いとお伝えすることもあります。」(河内先生)

いろいろな相談先をもつ

不安や困りごとがあるときは、家族や友人、同僚といった周りの人の他にも、各種専門家や患者同士のコミュニティに相談することもできます。患者さんが頼りやすい相談先の代表的なものをまとめました。

医師、看護師

初診でも、継続的に通院している場合でも、病院で相談すると医学的観点から適切なアドバイスを受けることができます。
「せっかく定期的な受診の機会があるので、悩みや叶えたい目標がある際にはぜひ私たち医師に想いを打ち明けていただきたいです。」(蕨先生)
「短い外来診療の中でのコミュニケーションになるので、可能であれば事前に紙に書いてきていただけるとより医師に伝わりやすいです。」(河内先生)

難病相談支援センターを通じての相談

各都道府県に、厚生労働省が管轄する「難病相談支援センター」があり、患者さんからの相談を受け付けています。
「病気のことはもちろん、就労や金銭面など、様々な相談ができます。社労士や弁護士などの専門職の方に直接相談できる機会が設けられることもあります。お困りのことは一度相談してみると良いと思います。」(蕨先生)

患者会

重症筋無力症の患者さんで構成される会もありますし、病気別ではなく難病患者さん全体の会もあります。
「難病相談支援センターが開催する講演やその後のお話し会に参加すると、患者さん同士の交流のきっかけになるでしょう。」(河内先生)
「同じ背景をもつ人に話を聞いてもらうと、心が楽になるという患者さんはたくさんいらっしゃいます。」(蕨先生)

インターネットを通じてのコミュニケーション

インターネットを通じて、悩みの解決法について調べたり、人とコミュニケーションをとったりする方法もあります。
「ただ、インターネット上には間違った情報も多く誤解が生まれやすいため、正しく監修された情報かどうか精査すること、症状には個人差があり一人一人違うということを意識して付き合っていってください。」(河内先生)

重症筋無力症を抱える女性の多様な生き方

重症筋無力症と付き合っていく中で、症状を抱えて生きていくことに悲観的になってしまったり、悩んだりすることもあると思います。
そんな時、同じような悩みに直面した方たちがどのように乗りこえたのか知っておくことは役に立つでしょう。蕨先生に女性のMG患者さんをイメージして、エピソードを作成いただきました。

仕事で夢を叶えたAさん

洋服の販売店員としてキャリアを積み重ね、将来は自分の店を持ちたいと思って頑張ってきたAさんでしたが、42歳で重症筋無力症を発症しました。胸腺摘除術やステロイド治療のために2カ月の休職を余儀なくされたので、解雇されてしまうのではないかと心配しましたが、幸い会社の病気休暇制度を利用でき、健康保険の傷病手当金の支給も受けることができました。
職場復帰後は、夕方になると眼の症状や疲労感が強くなるため、働き続けられないかもしれないと思い詰めたこともありました。しかし、「あなたが居るから買いに来るのよ」「お休みから戻ってくるのを待っていたわよ」と言ってくださるお客様の声を励みに、働き続けました。また、少しでも体力を付けようと、毎朝のラジオ体操を習慣づけました。
47歳で店長への昇格を打診されましたが、症状を抱えながらでは難しいと断ろうとしたところ、若い店員たちから「Aさんが座って作業をしていられるように、私たちが立って接客しますから、店長としてこの店を支えてください」と懇願され、店長を引き受けました。その後、コロナ禍で洋服の販売業は大きな影響を受けましたが、会社からの信頼の厚いAさんは、別の店舗の手伝いに出向くなど、仕事の幅を広げました。
Aさんは、思いがけず重症筋無力症という病気になったり、コロナ禍を経験したりしながら50歳を過ぎ、「夢を叶えるなら今しかない」と決意。ついにアパレルのネットショップを開業しました。

この事例を受けて、先生からのアドバイス

重症筋無力症を発症して入院や手術を勧められても、「仕事を休めるはずがないので手術は受けられない」あるいは「仕事をクビになる」と悩む患者さんが多いと思います。しかし、国が治療と仕事の両立支援を推進していますので、会社と相談しながら、適切な治療を早期に開始することをお勧めします。治療方法も数十年前に比べて格段に進歩し、治療に伴う生活上の問題が軽く済むように研究が続けられています。
重症筋無力症は疲労の蓄積が問題となりやすいので、毎日の生活の中で、無理をし過ぎず、その日その日の疲労を回復させていくライフスタイルが重要です。Aさんが続けてきた毎朝のラジオ体操は、「毎朝決まった時間に起きる」「前日の疲労から回復して朝から体操する体力がある」「長年続ける意欲がある」など、多くの事柄を含む自己管理の賜物です。その結果、開業という夢を叶えられ素晴らしいと思います。

PTA活動で自信をつけたBさん

会社員のBさんは28歳で重症筋無力症を発症し、胸腺摘除術も受けました。心身ともにつらい時期もありましたが、31歳で結婚し、子供にも恵まれました。
PTA役員を務める時期となり、体力的な心配がありましたが、「病気のために役員ができない」とクラス中の保護者に申し出るのも気が引けるので、PTA役員になりました。役員会では、お楽しみ会担当が人気でしたが、体力に自信のないBさんは、人気のない会計担当に立候補し、皆に喜ばれました。PTA会長さんにだけは病気のことを打ち明けて、自宅でのパソコン作業を主体とした業務を受け持つこととし、会合にはあまり頻繁に出席しなくてもよい体制にしてもらいました。
会社員としての経験をPTAの業務に活かすことができ、PTA行事に向けた段取りや書類の作成・会計業務などを、1年間、忙しいながらも楽しくこなすことができました。また、会計担当は執行部の一員なので、市の教育委員会との連絡会議の様子など、これまで知らなかった社会的な活動を垣間見ることができ、視野が広がりました。病気があっても、子供たちや社会に貢献できた経験は、Bさんの自信につながりました。

この事例を受けて、先生からのアドバイス

病気のことを周囲に知らせるべきかどうか、迷うことは多いと思います。また、病気のことを知らせても、重症筋無力症の患者さんは車椅子など一目で病気や障害とわかる状況の方は多くないため、理解されにくいこともよくあります。接点の少ない人と関わる上で、必ずしも最初から病気のことを周囲に知らせなくても良いかもしれません。
PTAや町内会などは、地域や社会を維持するために必要な活動ですが、初めての時は、自分に務まるかどうか心配かと思います。参加してみると、病気や障害のある方、高齢者や就労者など、様々な背景により、十分な活動ができにくい方が参加していることに気づかされます。自分のできる範囲の力で活動すればよく、参加することで視野が広がったり、交友関係が深まったり、自信が付いたりして、良い経験になると思います。順番が回ってきた時には、思い切って挑戦してみましょう。

親の介護と育児を両立するCさん

46歳のCさんは母と高校生の2人の子供との4人暮らし。35歳で重症筋無力症を発症したことで離婚を経験し、母が家事や子育てを手伝ってくれていました。しかし、その母が脳梗塞で半身マヒになり、介護が必要になりました。
現在Cさんは、これまでの自身の療養生活の経験を介護に活かして、買い物は宅配を利用し、夕食づくりの前に1時間仮眠を取ることで、家事を行っています。
以前は自身が、障害者福祉サービスのホームヘルパーを利用して家事を手伝ってもらっていましたが、子供が高校生にまで成長して手伝ってくれるようになったため、ヘルパーを頼まなくて済むようになりました。
母の介護も包括支援センターに相談することで、様々なサービスを利用して生活できることがわかりました。母自身も、「半身マヒになってもCさん親子の役に立ちたい」という思いが強く、洗濯物を畳んだり、孫のお弁当作りの準備を手伝ったりすることが生きがいの一つになっています。

この事例を受けて、先生からのアドバイス

介護サービスの相談に乗ってくれる機関が地域にありますので、まずはプロに相談してみましょう。民間の、日用品や食材の宅配サービスもたくさんあり、若い人や働いている人向けのおしゃれなサービスも次々と立ち上がっています。労力をかけずに家事をするための料理本やYouTube動画、Instagramなどもたくさんあります。楽しみながら生活してください。また、介護される側も、障害が重度でなければ、生きがいや自己実現のために介護してくれる家族の役に立ちたいと思っている方が多くいます。できないと決めつけずに、やってもらってみるのも良いでしょう。

病気を理由に諦める必要なんてない。
勇気を出して相談することが大切

最後に、この記事を読む方に向けて、河内先生・蕨先生からメッセージをいただきました。
河内先生:「重症筋無力症は、昔よりも治療が大幅に進歩しています。ですから今こそ、治療だけではなく、仕事・妊娠・出産・介護も全て両立可能な状況にしていきましょう。そのためには、ご自分の人生の目標は何か、もう一度考えてみると良いと思います。病気だからと言って、人生の目標を諦める必要なんてないですよ。」
蕨先生:「重症筋無力症は古くから知られており、国も50年以上に渡って支援してきた病気です。支援体制もたくさんあるので、悩みを受け止めてもらえる方法がきっとあります。悩んだり不安を抱えたりされている方は、勇気を出して相談してください。」

症状があっても、自分らしく生きていくことはできます。つらいことや悩みがある時は、周りの人に相談したり頼ったりしながら、日々を前向きに過ごしていきましょう。

PROFILE

河内 泉 先生

新潟大学 大学院医歯学総合研究科 医学教育センター・脳神経内科学 准教授

日本神経学会:神経内科専門医・指導医
日本内科学会:認定内科医・総合内科専門医・指導医
認定医学教育専門家

PROFILE

蕨 陽子 先生

地方独立行政法人東京都立病院機構 東京都立神経病院 脳神経内 科部長

日本神経学会:神経内科専門医・指導医
日本内科学会:認定内科医・総合内科専門医・指導医
慶応義塾大学医学部 講師(非常勤)
NPO法人日本多発性硬化症ネットワーク 評議員