「歩行」のプロが教える、外出先で楽に・安全に歩く方法

外出先で楽に・安全に歩く方法

仕事や通院、買い物や休日のレジャーなど、日常的に必要なのが外出先での「歩行」。歩行は普段の生活の中でほぼ無意識に行っている動作ですが、外出するとなると家の中を移動するよりも歩数が増えて身体に負担がかかるだけでなく、階段や歩道の段差、横断歩道を歩行する際には、安全面にも注意が必要です。そうしたことを想像しただけで、外出自体が億劫になってしまう患者さんもいらっしゃるかもしれません。

そこで今回は、足と歩行のクリニック荻窪院 院長の村井 峻悟先生にお話を伺い、なるべく身体に負担をかけず安全に歩く方法や靴選びのポイントについて教えていただきました。

歩くとき、どんなことが問題になる?

重症筋無力症(myasthenia gravis:MG)では、免疫の仕組みが正常に機能しないことにより、さまざまな症状を引き起こします。その中でも、外出をする際の悩みになりうることをご紹介します。

  • ・疲れやすい
  • ・疲れてくると、足を動かしづらくなる
  • ・長時間歩行を続けると、症状が悪化する
  • ・眼瞼下垂や複視によって周りが見づらくなり、車や障害物に気づきにくい

症状自体を変えることはできませんが、少しの工夫で身体の負担を軽減させることができます。適度な運動は体力の維持にも役立ちますので、体調と相談しながら、無理のない範囲でできるだけ快適なお出かけができるように、負担軽減・安全性向上のための工夫を取り入れてみましょう。

出典

  • https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsnr/14/3/14_19910701001/_pdf
  • https://mieko-neurologyclinic.com/3inertia/
  • https://agmc.hyogo.jp/nanbyo/ncurable_disease/disease06.html
  • https://www.jstage.jst.go.jp/article/cjpt/46S1/0/46S1_E-130_2/_article/-char/ja

より楽に・安全に歩くためには何をすればいい?

重症筋無力症の症状は、日内変動、日差変動があることが特徴的です。自分では調子が良いと思っていても、身体に負荷がかかると症状が悪化してしまうこともありますので、歩く時は「無理をしない」ということが大前提です。

その上で、歩行方法や靴、持ち物などを工夫することで、身体の負担を少なくし、安全に歩くことができます。どなたでも簡単に実践できることばかりですので、ぜひ普段の外出時に取り入れてみてください。
以下で項目別に詳しく解説していきます。

身体に負担をかけず、安全に歩くコツ

身体の負荷を少なくし、転倒のリスクを下げる歩行方法について解説します。

かかとから着地し、指先で蹴り出す

身体に負担をかけず、つまずかないよう安全に歩くには、すり足にならずしっかりと足を上げることが大切です。以下の順序で、3つの「ロッカー機能」を意識して歩きましょう。

*ロッカー機能:医療やリハビリテーションの分野で使われる言葉で、歩行時の足の動きや体重移動を助けるための機能のことを指します。

1.かかとで着地する(ヒールロッカー)
足を着地させる際、かかとから地面につける。かかとの丸みを使って、後ろから前に回転させるようなイメージで体重を移動させる。

2.重心を前に移動させる(アンクルロッカー)
足首の関節(くるぶし)を中心にして、重心を前に移動させていく。

3.指先で蹴り出す(フォアフットロッカー)
足指の関節の転がりを使い、後ろに蹴るようにして足を地面から離す。

ロッキングチェアの要領で、上の1~3を自然な流れで行えるようにしましょう。

無理のないペースと距離

速いペースでの歩行は身体への負荷が大きく、転倒のリスクも上がります。無理せず、ゆったりとしたペースで歩きましょう。
もし歩いているうちに息が上がってきたら、ペースを落としたり、休憩を取ったりして、なるべく疲れないようにすることが大切です。
距離に関しても、普段あまり歩かない人が急に長い距離を歩くのは危険です。歩くことによって体力をつけたい場合には、長く歩くのではなく、短い距離のウォーキングで、頻度を上げていくと良いでしょう。

時間帯や気温にも注意

重症筋無力症の症状は、1日のうちで、朝軽く、夕方や夜に強く出る傾向があります。そのため、可能であれば外出は朝~午前中のうちに済ませ、夕方以降は自宅で過ごせるようにすると良いでしょう。

また、気温が高い日はそれだけで身体の負担が大きくなります。暑いと感じたら、いつにも増して「無理をしない」ことを意識し、転倒にも気をつけながら歩きましょう。

疲れにくく転びにくい靴選びのポイント

身体の負担や安全性を語る上で、どんな靴を履くかも大変重要なポイントになります。疲れにくく転びにくい靴の選び方を解説します。

靴選びの基本

疲れにくく、安全に歩ける靴選びの基本は、まず「軽い」ことです。重い靴を履くとそれだけで身体に負担がかかってしまいます。具体的には、230g以下の靴を選ぶと良いでしょう。
軽い靴の中でも、スリッポンのような形は足を支える力が弱く、むくみなどの変化に合わせて調節することができないため、ベルトや紐で調節できるものが理想的です。

種類としては、スニーカーやウォーキングシューズ、コンフォートシューズなどを選ぶと良いでしょう。なかでも、ロッカーボトムの靴は負担が少なく、おすすめです。

ロッカーボトムの靴とは?

靴底が船底のような形になっていて、足を踏み出すことをサポートしてくれる靴です。ロッキングチェアのように、着地から蹴り出しまでの流れを誘導してくれるため、足運びが軽くなり比較的に楽に歩くことができます。「ロッカーソール」「ロッカーボトムシューズ」「ロッカー式シューズ」などの名前で販売していることもあります。

症状のある人は医療用インソールも

歩くと痛い、たこや魚の目がある、外反母趾・扁平足など、足に疾患のある方は、医療用インソールを入れることで歩きやすくなります。人によって適した硬さ・高さがありますので、気になることがあれば一度病院を受診してみてください。

サイズの合った靴を選ぶ

機能性の高い靴を選んでも、サイズが合っていないと、身体の負担や足のトラブルにつながります。そのため、靴を購入するときにはしっかりと自分に合ったサイズを選ぶことが重要です。

サイズの合わせ方

中敷きを取り外すことができる靴であれば外し、中敷きの上に足を載せます。
かかとの位置を合わせた状態で、足の1番長い指を基準にして、つま先に指1本分(約1~1.5cm)のスペースが余っているものが正しいサイズです。
横幅も、中敷きの幅の中におさまっているか、広すぎて足が中で動いてしまわないか確認しましょう。また、履いたときにかかとがぴったりと合う感覚があることも大切です。

中敷が外せない靴の場合は、履いてからつま先部分を押し、同じように一番長い指の前に1本分のスペースが余っているか、横幅は窮屈すぎたり広すぎたりしないかを確認しましょう。

可能であれば、店頭でシューフィッターの方にサイズが合っているか見てもらうのがおすすめです。

ビジネスやフォーマルなシーンでの靴

革靴やローファー、パンプスなどは、長く歩くことを目的とした靴ではないため、どうしても足や身体に負担がかかってしまいます。そのため、履く場合には「商談中だけ」「パーティ中だけ」など必要最小限にとどめ、移動はスニーカーなど歩きやすい靴を履くことをおすすめします。

また、ヒールのあるパンプスを履く際は、高さを4cm以下におさえましょう。
さらに、足首にストラップがついているものを選ぶと、靴の中で足が前にすべりにくく、負荷を抑えることができます。

悪天候の日や暑い日の靴

天候によって靴を変えたくなりますが、身体の負担や安全性を重視するなら、常にスニーカーやコンフォートシューズを履くことが望ましいです。とはいえ、やむを得ない場合もあると思いますので、少しでもベターなものを選ぶようにしましょう。

雨や雪の日の靴

長靴やムートンブーツなどはベルトや紐による調整ができないため、できるだけ紐付きのタイプや、スニーカー型のレインブーツなどを選びましょう。

暑い日の靴

サンダルを履く場合は、かかとがあり、土踏まずにアーチのサポートがついているものが良いです。それでも、やはり長く歩くためのものではないので、たくさん歩くシーンではスニーカーなどに履き替えましょう。

持ち物の工夫

外出時の負担を軽減し、安全性を高めるには、持ち物についても配慮すると良いでしょう。荷物の持ち方や持っておくと良いものについて解説します。

負担の少ない荷物を心がける

重い荷物を持っていると身体に負担がかかるので、できるだけ荷物は少なく・軽くしておきましょう。買い物でお米や飲み物など重いものが必要なときは、自分で買いに行かず宅配を利用すると負担が減ります。外出先で意図せず荷物が重くなってしまったときは、無理して持たずに配送サービスを利用する方法もあります。

また、荷物はリュックサックに入れて両手をあけておくことが望ましいです。左右均等に重さがかかるため身体の負担を軽くできますし、万が一転倒した際にも、手をつくことができて安全です。

夜道はライトを

夜など暗い道を歩くときはライトを持っていきましょう。目の症状が出ると視界も悪くなるので、足元を明るくしておくことが大切です。

(まとめ)無理をせず気楽に歩くことを楽しもう

「自分の力で歩くこと」は、体力維持や心の健康のためにとても大切なことです。ですが、症状や薬の副作用などが影響し、歩きたくないと思うこともあるでしょう。そんなときは、「歩かなければいけない」と考えるとプレッシャーを感じて余計億劫になってしまいますので、無理せず気楽に考えてみてもらえると良いと思います。

歩きにくいと感じている方も、ちょっとした一工夫をすることで、劇的に歩きやすくなったり、疲れにくくなったりすることがあります。私の元にいらっしゃる患者さんでも、歩きづらさが改善された方はとても明るく、楽しそうな表情をしている方が多いのが印象的で、「歩行には人を元気にする力があるのだな」と感じています。ですから、今回ご紹介したことを取り入れながら、できる範囲で気軽に歩くことを楽しんで欲しいです。

もし、歩行時の痛みや足のお悩みがある場合、重症筋無力症とは別の原因がありますので、足の病院も受診してみてください。原因を取り除くことができれば、もっと楽しく歩くことができるようになるはずです。

PROFILE

村井 峻悟 先生

足と歩行のクリニック荻窪院 院長、整形外科専門医・足の外科。
整形外科の外来で外傷の治療や手術を行うほか、足の病気と歩行の障害を専門とした「足と歩行のクリニック」にて足と歩行の治療にあたっている。