重症筋無力症(MG)の方が運動に取り組むには?
理学療法士が注意点を解説

体力維持

重症筋無力症(myasthenia gravis:MG※以下、MG)になると身体を動かす機会が減ってしまいがちですが、心身の健康を維持するために、適度な運動が欠かせません。とはいえ、患者さん は身体の動きが制限されるため、運動をするにあたっては十分な配慮が求められます。

そこで今回は、理学療法士の寄本恵輔先生と加藤太郎先生に、患者さんが運動に取り組むための注意点について教えてもらいました。

重症筋無力症(MG)の特徴を考慮した運動の必要性とリハビリテーション

MGとは厚生労働省の指定難病の一つで、反復的な動作によって筋がすぐに疲れて、顔や手足等に力が入らなくなる病気です。MGは治療選択がある神経難病ではありますが、病気の症状や徴候の一部またはすべてが軽快した状態(寛解)でいることは多くなく、患者さんは症状や障害を持ちながら日常生活や社会活動を行っています。感染症等が原因で重症化する可能性もある疾患です。

MGによる筋力低下への対症療法の一つとして、リハビリテーション(理学療法)があります。MGにおけるリハビリテーションの目的は、筋を動かす機会を作ることで心身の健康増進につなげること、また、二次的な合併症を最小限に抑え、患者さんのQOL(生活の質)を高めることです。

ただし、患者さんに運動が良い効果を及ぼすかどうかは、現段階の医学で十分に解明されているわけではありません。日本神経学会『重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診察ガイドライン2022』でも、MG向けのリハビリテーションは標準化されていません。

しかしながら、患者さんにとって、筋力低下は日常生活を送るうえで大きな問題であるのも事実です。

そこで、筋力低下の症状をできるだけ緩和するための対症療法や、QOLをできるだけ高めるためのリハビリテーションという位置付けで、運動を取り入れるべきかどうかを検討していただければ幸いです。

ただし、患者さんがリハビリテーションを取り入れる際には注意点があります。それは、投薬治療によって症状がコントールされているかどうかです。
患者さんは症状がコントロールされていれば、ある程度の運動は可能です。ただし、日常生活に支障が出るほどの症状が出ている場合は、運動を取り入れる前に、主治医に従い治療を優先させましょう。

上記を大前提として、運動を取り入れるかどうかを検討する場合には、以下に挙げる3つのMG特有の症状を考慮することが大切です。

反復した運動で筋力が低下し、休息で回復する

MGの症状として、一つの動きを継続するのが難しく、まぶたや眼球、手足などの筋を繰り返し動かしていると、筋がすぐに疲れて(易疲労性)、力が入らなくなってしまうことが挙げられます。

筋は、神経筋接合部(運動神経の末端と筋が結合するすきまの部分)の神経終末から筋へアセチルコリンが放出されることで、脳からの指令が筋へ伝わり運動を開始します。 MGでは筋の表面にあるアセチルコリンの受け皿(アセチルコリン受容体)に対する抗体が免疫の異常によりつくられ、この抗体がアセチルコリンと受け皿(アセチルコリン受容体)の結合をブロックしてしまいます。この抗体を抗アセチルコリン受容体抗体と呼びます。このようにして神経筋接合部での伝達が障害されると、脳の指令が運動神経から筋へうまく伝わらなくなり、筋が十分に収縮せず、筋力低下がおこります。

具体的には、「食べ物を噛みにくい・飲み込みにくい」「腕をずっとあげていられない」といった自覚症状を持つ方が多いようです。

しかしMGに見られる易疲労は、筋肉痛などによる疲労とは大きく異なり、一旦休息すると比較的すぐに回復する傾向にあります。また、朝は症状が軽度で、夕方になると悪化しやすいと言われています。

眼瞼下垂(がんけんかすい)や複視など眼の症状が現れる

MGの症状として、眼の筋力が低下することで、眼瞼下垂(上まぶたが垂れて眼がふさがる状態)や複視(両眼で見た時にものがだぶって二重に見える状態)が現れることがあります。

眼瞼下垂や複視が重症化すると、外見の変化や視力低下などの症状が現れます。このような眼の症状がきっかけで、MGの発見につながることもあります。

稀に呼吸困難が生じる

MGでは、稀に呼吸困難(筋無力性クリーゼ)が生じることがあります。

呼吸困難を引き起こす原因はさまざまですが、感染症や手術、ストレスなどの誘因によって、MGの症状をうまくコントロールできない場合には注意が必要です。

急な呼吸困難に陥った場合は、ただちに医療機関を受診しましょう。状態によっては気管内挿管や人工呼吸器装着が必要になることもあります。

理学療法士(PT)からみる患者さんへのリハビリテーション

MGにおけるリハビリテーションの目的は前述の通りです。より具体的には、国際生活機能分類(International Classification of Functioning, Disability and Health: ICF)に基づき、生活機能を改善し、患者教育と自己管理に重点を置いて社会参加を強化することです。

MGの場合、筋力低下などの症状そのものだけでなく、筋を動かさないことによって生じる関節拘縮や呼吸不全などの合併症にも注意する必要があるでしょう。こういった合併症の予防においても、リハビリテーションが重要な役割を果たすと考えられています。

以下、MGにおけるリハビリテーションの流れを紹介します。

運動の効果を確認するために

患者さん向けのリハビリテーションでは、以下の4つの尺度で患者さんの状態を評価することで、それぞれの患者さんの状態に合わせたプログラムを作成します。

①疾患特異的重症度、症状スコア、ADL評価

MGFA(Myasthenia Gravis Foundation of America)分類、MG-ADL(Activities of Daily Living)スケール、QMG(Quantitative Myasthenia Gravis)スコアの3つのスケールから重症度を多角的に評価します。

評価方法 概要 特徴
MGFA分類 Class IからClass Vまでの
11段階で重症度を評価するスケール
・医師の診断による評価
・最重症時の状態を基準に重症度を評価する
・治療効果の評価には用いない
MG-ADLスケール 会話、咀嚼、嚥下など8項目から重症度を自己申告で評価するスケール ・自己評価のため、患者さんの主観に依存する
・評価項目はQOL評価要素が強い
QMGスコア 筋力量や筋収縮時間などの指標から重症度を定量的に評価するスケール ・客観的評価かつ疲労筋の検出力は高いが、評価に時間を要する

これらに加え、近年「MG composite scale」という新しいスケールが開発されました。MG composite scaleはMG-ADLスケールとQMGスコアの長所と短所を踏まえたスケールとして、臨床現場に活用されつつあります。

②運動機能評価、呼吸機能評価

理学療法評価として、MGでは筋力を定量的に捉えることで、運動症状を客観的に評価します。例えば次のような指標を用います。


  • 徒手筋力計(ハンドヘルドダイナモメーター)を用いた筋力評価
  • 6分間歩行距離(6 minute walk test:6MWT)
  • スパイロメーターなどを用いた呼吸機能検査(努力性肺活量FVC、最大咳嗽力CPF)

MGは反復による筋力低下を主な症状とすることから、経時的評価も有効な指標の一つです。例えば筋力評価では、最大筋力を数回測定することで徐々に数値が低下すること、6分間歩行距離では25m往復路を利用した際にラップタイムが落ちることなど、筋疲労度の経時的変化を評価することも可能です。

また、患者さん自身でも、普段の生活の中でよく行くコンビニ等の距離を確認して、どれくらいの時間がかかったかを計測しておけば、今の身体の調子を把握するのに役立つでしょう。

最近では、スマートフォンやスマートウォッチなどに搭載している活動量計を利用することで、活動量をリアルタイムに評価することも可能となっています。無理のない範囲で運動を継続することは、筋力低下を少しでも防ぐためにも大切なので、こういったものも上手く活用してみましょう。

③疲労感評価

脈拍や体温などの一般的なバイタルサインに加え、次のような検査により疲労感を評価します。

  • Visual Analogue Scale(VAS)
  • Visual Analogue Fatigue Scale(VAFS)
  • Numerical Rating Scale(NRS)
  • 日本語版簡易倦怠感尺度 Brief Fatigue Inventory(BFI)

これらのスケールは、患者さんが自覚的な疲労・疲労感について自己申告ベースで回答するものです。患者さんが実際に感じている疲労や疲労感の全てを捉えられるわけではありませんが、患者さん一人ひとりに合ったプログラムを作るために、患者さんと理学療法士の間で病状を共有することが大切です。

④QOL評価

患者さんの主観的満足度を反映するQOL評価として、MG-QOL15スコアがあります。MG-QOL15スコアは15項目から成る質問に対し、患者さん自身が4段階で評価するものです。

MG-QOL15スコアは簡便な疾患特異的QOL評価として、国際臨床研究、治験などにも広く利用されています。

患者さんが運動に取り組む際の注意点

ここでは、患者さんが実際に運動に取り組む際の注意点を解説します。

このコラムの冒頭でも触れたように、患者さんにとって運動が有益であるか否かについては、一定の見解が得られているわけではありません。しかし、筋力低下による日常生活への支障は大きな問題にもなりかねないため、今ある筋力をできるだけ維持するための筋力トレーニングには、一定の価値があるものと言えるでしょう。

リハビリテーションの臨床現場においても、運動が良い効果をもたらす事例が報告されています。

例えば「重症筋無力症のリハビリテーションにおけるエビデンスに基づく実践(文献の系統的レビュー)」(Corrado B et al. J Funct Morphol Kinesiol. 2020 5(4):71.)では、運動により、患者さんの機能・能力が向上し、筋力が増強されたと報告されています。また、理学療法士の監督下での在宅フィジカルトレーニングでも、同様の効果が確認されました。

呼吸トレーニングに関しては、呼吸筋力、肺活量の改善、バランストレーニングにより内耳の前庭機能が強化され、バランス感覚の欠如による転倒のリスクが軽減することが示されています。

これらの事例に関しては、患者さんの身体機能の向上、疲労の軽減、QOLの向上に貢献しているという結果が得られたようです。しかし、現段階ではあくまで定性的な観察に留まっており、比較研究による知見ではない点には留意する必要があります。また、最大の効果を得られる運動量や運動頻度、運動の種類等についても、現段階では十分に明らかになっていません。

そのため、患者さんへの運動の効果を検証するためには、今後この分野でのリハビリテーション研究の蓄積を待つ必要があることも留意しておきましょう。

以上を踏まえたうえで、患者さんが実際に運動に取り組む際の注意点を4点解説します。

疲れているときは行わない

疲れているときは、無理に運動をする必要はありません。
MGの症状は夕方に悪化する傾向があると言われています。そのため、朝や午前中など、体調が安定しやすい時間帯に身体を動かすと良いでしょう。
とはいえ、疲れには個人差があり、日によっても症状の重さは変わります。

適切な投薬治療により症状が安定していることが運動療法の前提となりますが、時間帯にこだわり過ぎることなく、体調が悪い時の運動は避けましょう。

休息を適切にとる

休息を適切にとりながら、無理のない範囲で身体を動かすことが重要です。

MGの特徴として、同じ動きを継続するのが難しい「易疲労」という症状があるのは前述の通りです。易疲労は休息をとることで回復します。ただし、回復に必要な休息時間には個人差があり、一定の基準があるわけではありません。

ご自身の疲労感を見ながら運動量や運動頻度を調節し、できないと感じたら休息を挟むことが大切です。

また、MGの症状は体温が上がることによって悪化することがあります。
そのため、運動する際は体温を上げないことが大切です。室内温度を調整し、涼しい服装を着る、冷湿布や保冷剤を使用するなど工夫し、運動後はクーリング(シャワーなど)をしましょう。そうすることによって、筋疲労を減少することができます。

重症度に合わせて強度を調整する

患者さんご自身の重症度に合わせて、運動の強度を調整することが大切です。重症度は一人ひとり異なりますし、病状が悪化している時期と寛解している時期もあります。

そのため「毎日必ずこれをしなければならない」といった基準を定めないようにしましょう。「今自分ができることをやる」を基本に、無理なくモチベーションを保てることをできれば、それで十分です。

MGにおける運動の意義は治療ではなく、関節拘縮や筋力低下を防ぐことです。日常生活に支障が出るほど症状が悪化している場合には運動を控え、加療を優先してください。

継続するための工夫を取り入れる

リハビリテーションは、継続することで効果を発揮します。そのため、ご自身にとって無理なく、楽しく続けられる運動を取り入れることが大切です。

ご自身に合った運動を選ぶときのコツとして、低負荷・低頻度かつ安全に続けられる運動から始めてみるのが良いでしょう。前述のとおりMGは比較的夕方に症状が悪化することが多いので、午前中の運動が推奨されています。

例えば、朝のウォーキングや座った状態でのストレッチなどで様子を見ながら、少しずつ身体を慣らしてみてはいかがでしょうか。症状が安定している方であれば、ジョギングやサイクリング、マシントレーニングなどを利用するのも良いでしょう。

日本理学療法士協会の支援のもとNPO法人 筋無力症患者会が制作した「筋肉貯金カレンダー」等を活用し、運動記録をつけるのもおすすめです。

参考:NPO法人 筋無力症患者会「筋肉貯金カレンダーの作成と配布」
https://mgjapan.org/calendar2019/

本コラムを活用するうえでの注意点

MGについては、十分にわかっていない部分や見解が一致していない点もたくさんあります。また国内においては、MG向けの運動療法に関して、ガイドラインで標準化されていません。健康のために、専門家が注意点として言及しているポイントは必ず厳守してください。

UCB Japanでは専門家の監修のもと、患者さん向けのトレーニングやストレッチについて発信していますが、効果を保証するものではありません。また本コラムにおける発信内容を実施する際は、主治医とも相談のうえ、自己責任のもとで無理のない範囲で実施しましょう。

PROFILE

寄本 恵輔 先生

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター病院 身体リハビリテーション部 第1理学療法主任

・理学療法士
・日本理学療法士協会 専門理学療法士(神経、小児、心血管、呼吸、糖尿病)
・日本理学療法士協会 認定理学療法士(神経障害、呼吸、代謝) 

PROFILE

加藤 太郎 先生

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター病院 身体リハビリテーション部 理学療法士

・理学療法士
・日本理学療法士協会 専門理学療法士(心血管、呼吸、糖尿病)