MG治療における在宅自己投与のポイント

在宅自己投与は、重症筋無力症(myasthenia gravis:MG)の患者さんにとって、通院の負担を軽減し、より自分らしい生活を送るための選択肢の一つとなり得ます。
しかし、なかには「自分で注射をするのがこわい」「通院頻度が減り、医療者への相談機会が減るのではないか」といった不安を感じる方も少なくないでしょう。
そこで今回は、大阪大学神経内科学准教授の奥野 龍禎先生に、MG患者さんの在宅自己投与および在宅治療のポイントを解説してもらいました。メリットだけでなく、注意点やご自身ではできない場合のサポートについても理解を深め、治療について考えるきっかけにしてください。
MG治療における在宅自己投与とは
在宅自己投与とは、医療機関ではなくご自宅などで、患者さんご自身やご家族によって薬剤の注射を行うことをいいます。
重症筋無力症の治療でも、患者さんが希望し、医師が「注射ができる」と判断した場合には、在宅自己投与を選択できることがあります。
在宅自己投与は、自分らしく治療を続けるための選択肢の一つです。
出典
- ※「リスティーゴ 自己注射ガイドブック」 https://hcp.ucbcares.jp/hcp-material/ROZ_00852#
MG患者さんが在宅自己投与を選択する際のメリットと注意点
在宅自己投与には、患者さんにとってメリットをもたらす一方、注意が必要な点もあります。それぞれのポイントを解説します。
在宅自己投与を選択するメリット
まずは、在宅自己投与によって得られる主なメリットをご紹介します。
通院の負担の軽減
通院はMG患者さんの健康管理・維持にとって必要なことですが、病院までの移動に時間や体力が奪われます。また、仕事や家事の合間をぬって通院しなければならない場合や医療機関が遠方にある場合、MG患者さんだけでなく、支えている人の負担も少なくありません。在宅自己投与にすることで、それらが軽減され、皆さんの貴重なエネルギーを他の活動に使えるようになるでしょう。
経済的な負担の軽減
通院の頻度が減り、診察の回数が少なくなることで、医療費負担の軽減につながります。それにともない、通院のたびに発生する電車代、バス代、ガソリン代、駐車場代などの交通費の軽減にもなるでしょう。さらに、通院のために仕事を休む必要がなくなることで、間接的な経済的負担も軽減されると考えられます。
リラックスできる環境で、生活リズムに合わせた治療ができる
自宅など慣れた場所で行うことで、リラックスした状態で治療に取り組めます。また、病院の診療時間に合わせる必要がなく、ご自身の生活スタイルに応じて治療時間を調整できるため、仕事や家事、趣味など、日常生活との両立がしやすくなるのもメリットです。

在宅自己投与を行う上での注意点
続いて、在宅自己投与を安全かつ効果的に行うための注意点をご紹介します。
怖がらずに、でも慎重に
「怖がらずにやる」ことは、在宅自己投与をスムーズに行うポイントの一つです。多くの方が最初は不安を感じますが、実際にやってみると、意外とスムーズにできることもあります。在宅自己投与の手順をしっかり守りつつ、臆せずに行うことが大切です。
慣れるまで練習を重ねる
自己投与に慣れるまでは、医師や看護師から注射の手順、部位、注意点などの丁寧な指導を受け、練習用キットなどを活用してしっかりと手技を習得しましょう。自信を持って自己投与ができるようになるまで、必要であれば何度でも練習を重ねても問題ありません。不安なことや疑問点があれば、遠慮せずに医療従事者に質問しましょう。
清潔な環境を保つ
感染症のリスクを減らすために、衛生管理は非常に重要です。神経質になり過ぎる必要はありませんが、注射を行う場所を清潔に保つこと、手をしっかりと消毒することは意識しましょう。
薬の保管方法を守る
薬剤の種類によって、適した温度や保管方法が異なります。医師や薬剤師の指示に従って適切に保管しましょう。また、使用済みの注射器を家庭ごみとして安易に捨てず、医療機関から指示された方法に従って安全に処理することも大切です。
副作用や異常を感じたらすぐに連絡
注射部位の腫れや痛み、発疹、かゆみなどの局所的な反応や、全身のだるさ、発熱など、いつもと違う症状が現れた場合は、すぐに医師や看護師に連絡しましょう。それ以外にも、不安なことや困ったことがあれば、遠慮せずに相談しましょう。必要なときに医療従事者とコミュニケーションをとれることは、安心して在宅自己投与を行っていく上で大切なポイントです。
出典
在宅自己投与を慎重に検討すべき患者さんとは?
在宅自己投与は、多くの患者さんにとって有効な選択肢となり得ます。しかし、以下のようなケースでは、医師による慎重な検討が必要です。
身体的な理由で、患者さんご自身による注射手技が難しいケース
例えば腕や手の力が弱く、注射が難しい人や、手が震えてしまう人などは、注射器の操作自体が難しく、安全な自己投与が困難と考えられます。
患者さんに認知機能の低下が見られるケース
認知機能に支障がある方の在宅自己投与には、慎重な判断が必要です。
患者さんご自身で受診や主治医への相談タイミングを計るのが難しいケース
体調が悪くなった際に、患者さん自身で適切な判断を下せない場合や、周囲に助けを求めることが難しい場合は、在宅自己投与よりも、定期的に医療機関を受診するほうが、安全に治療を進められるでしょう。
上記以外のケースでも、在宅自己投与が可能かどうかは、患者さんの病状、身体機能、認知機能、そして周囲のサポート体制などを総合的に評価し、医師が判断します。まずは担当の医師にご自身の状況について詳しく話し、相談することが重要です。
患者さんご自身でもできる自己管理とは?

在宅自己投与をより負担なく、効果的に実施するためには、患者さんご自身による自己管理が不可欠です。奥野 龍禎先生からお聞きした自己管理のポイントをご紹介します。
注射部位をローテーションする
同じ場所に繰り返し注射すると、皮膚が硬くなったり、炎症が起きたりすることがあり、不安を感じられる方もいます。どの部位に注射するのが適切か、医療従事者に確認した上で、注射する部位をローテーションするのも有効な方法です。
注射針の角度を工夫する
注射針を挿入する角度を工夫することで、痛みが軽減されることがあります。痛みが気になる場合、医師や看護師に相談して、適切な角度を確認すると不安がやわらぐでしょう。
注射への緊張を和らげるために、楽しい音楽を聴いたり、テレビを見たりしながら行うのも一つの方法です。リラックスできる環境を作ることで、精神的な負担を減らすことができます。
困ったときは遠慮せずに医療従事者に相談し、サポートを受けながら、安心して在宅自己投与を行いましょう。
体調の変化を日々記録しておこう
注射が終わったら、体調の変化や注射についての記録をしましょう。通院頻度が減る分、日々の細かな変化に気づき、記録しておくことが、より適切な治療につながります。日々の記録は、まさに患者さん自身が自分の状態を把握し、医師とのコミュニケーションをよりスムーズにするための大切なツールといえるでしょう。
記録の方法は、手帳やノート、スマートフォンのアプリなど、ご自身が続けやすい方法で構いません。小さな変化も見逃さずに記録していくことで、より安心して在宅自己投与を続けることができるはずです。
出典
もしも自己投与が難しいと感じたら――
訪問看護や訪問診療という選択肢

在宅治療を検討したいけれど、ご自身やご家族で注射を行うことに難しさを感じる場合には、訪問看護や訪問診療といったサービスを利用するのも一つの方法です。サービスの概要やメリット、注意点をご紹介します。
訪問看護とは
訪問看護とは、看護師が患者さんのご自宅を訪問し、医師の指示に基づいて必要な医療処置や療養上の支援を行うサービスです。在宅での療養生活を安心して送れるよう、患者さんの状態に合わせた看護ケアを提供します。
「在宅自己投与に不安を感じたら?」の段落でご紹介したような、在宅自己投与が難しい場合の注射の実施や、注射手技の指導、体調管理のサポートなど、MG患者さんが在宅治療を継続するための様々な支援を受けることができます。
利用したい場合は、かかりつけ医に相談し、訪問看護が必要であるという指示書(訪問看護指示書)を発行してもらいましょう。その後、地域の訪問看護ステーションに連絡を取り、サービス内容や利用方法について相談します。
出典
- ※
訪問診療とは
看護師だけでなく、医師が定期的に患者さんのご自宅を訪問し、診察や治療を行うサービスが訪問診療です。通院が困難な患者さんにとって、自宅で医療を受けることができるため、身体的な負担を軽減できます。MGの症状や治療経過の観察、薬の処方、必要な医学的管理などを受けることができ、在宅でも安心して療養生活を送ることが可能になります。
訪問診療を受けたい場合も訪問看護と同様、まずはかかりつけ医に相談し、在宅医療を行っている医療機関を紹介してもらうのが一般的です。かかりつけ医が訪問診療を提供している場合もあります。
出典
- ※http://jvmm.jp/houmon-oushin.php
気になることがあれば遠慮なく相談を
ご自身で注射を行うことに不安がある、通院が困難であるといった悩みがあるときは、まず遠慮せずにかかりつけ医に伝えることが、安心して在宅治療を進めるための第一歩です。
かかりつけ医は、患者さんの病状や生活状況を詳しく把握しており、訪問看護や訪問診療といった利用可能なサポートを含め、それぞれのサービスが適切かどうかを判断し、具体的な情報を提供してくれます。
ご自身の病状や生活状況、そして希望を医師に伝え、最適な治療の選択肢を一緒に検討してもらいましょう。
自分に適した治療法を選択して、自分らしい毎日を
在宅自己投与は、MGの治療における選択肢の一つであり、通院の負担の軽減や生活リズムに合わせた治療の実現など、患者さんにとって多くのメリットをもたらす可能性があります。しかし、最も大切なのは、ご自身の病状や生活スタイル、そして希望に合った治療法を見つけることです。そのためにも、在宅治療を含め、ご自身の治療について希望や疑問、不安がある場合は、遠慮せずに医療従事者に相談してください。医療従事者と日ごろからコミュニケーションをとることは、在宅自己投与に自信をもって行う手助けになるでしょう。
また、製薬会社によっては、注射手技に関する情報提供や相談窓口、日常生活でのアドバイスなど、在宅自己投与を行う患者さんやそのご家族をサポートするための様々なプログラムを提供している場合があります。これらのプログラムを上手に活用することで、MGと向き合いながらも、自分らしく、より豊かな毎日を送ることができるでしょう。

★PROFILE
奥野 龍禎 先生
大阪大学神経内科学
1996年大阪大学医学部卒業後、同医学部附属病院神経内科に入局。臨床研修を経たのち、同医学部神経内科にて筋萎縮性側索硬化症及びパーキンソン病における機能の解析を行う。2006年2月、同大学院医学系研究科 神経内科学 博士課程を修了。2007年より同微生物病研究所分子免疫制御分野に入職し、2010年より助教を務める。その後、大阪大学免疫学フロンティア研究センター 助教、同大学院医学系研究科 神経内科学 助教、同大学院医学系研究科 神経内科学を経て、2023年4月より現職。
JP-DA-2500307