今はほぼ寛解して趣味やボランティアも楽しんでいます。| わたしの乾癬物語 【明日の乾癬 by UCBCares】

みんなの乾癬物語

すごくつらい時期もありました
が、
今はほぼ寛解して
趣味やボ
ランティアも楽しんでいます。

お話を聞いた
患者さんはこちら

CHAPTER 06

内田 良子
さん

趣味にボランティアにと充実した日々を過ごす内田良子さん。その笑顔からは信じられないほど、
様々な症状に苦しんだ時期があったことや、治療が効いて本当に嬉しかったことなどを詳しく話してくれました。

「治らない」と医師に言われたショックで
悪化してもなかなか病院へ行けなかった

乾癬の症状が出たのは、
いつ頃でしたか?

医療職として病院に勤務していた30 代はじめの頃です。手首の上の内側あたりに、1 ~ 2 ミリの小さな赤い斑点が3 つできていることに気付きました。痒みはないし、虫に刺されたのかな?と思う程度で、大したことはないと思っていました。
ちょっと診てもらおうと気楽な気持ちで大学病院を受診すると、診断は「乾癬」。この時に医師から言われた言葉は、結構ショッキングでしたね。「この病気は、治らないよ」「気休めの薬しかないよ」「これから、どんどん発疹が増えるよ」と言われたんです。受け入れがたい言葉でした。
それでも小さな発疹が3 つ程度でしたし、気休めでしかないのであればと、「薬はいらない」と答え、何も治療せず放置することにしました。

軽症とはいえ、放置することは不安ですよね。

発疹はまだ限定されていましたから、1 年中カーディガンを着ていれば周囲にはわかりませんでした。また、痒みもなかったので、当初はそれほど不安を感じていませんでした。
けれど、発疹は少しずつ大きくなり、5 つ、6 つと増え始めて、「増えてきたなぁ」と思っているうちに、着実に増えてしまいました。斑点が島のような形になり、さらに島と島がつながって、肘と腰を中心に徐々に全身へ広がっていきました。7 ~ 8 年後には、頭も耳も手も、背中も足も腹部も、全身にくまなく発疹が出てしまいました。
痒みもひどくなり、就寝中には無意識にかきむしってしまうほど。痒みのつらさは経験した人でないとわからないと思いますが、本当につらいものでした。それでも診断の時に医師から言われた言葉が心に引っかかって、病院を受診する気持ちにはなれず、とにかく自分の体質を変えようと思い漢方薬を飲んだりしていました。

受診しようと思う気持ちになれたきっかけは?

発症してから10 年位は経っていたと思いますが、ある日突然、右手の手首がボコッと腫れてしまったのです。「これはまずい」と思い、以前と同じ大学病院に行きました。呼吸器科、整形外科、血液外科、膠原病科などで様々な検査を受け、造影剤を使って画像検査もしましたが、はっきりとした診断がつかず、かえって不安になりました。
当時、私は40 歳過ぎで、乾癬の患者さんに関節炎が生じることは知っていました。もちろん、そのことを先生方に話しましたが、膠原病科や皮膚科の先生は、ご存知ない。リウマチや膠原病を疑うだけで、乾癬の治療というよりも関節の腫れと痛みに対する薬が処方されていました。
このまま、どうなっていくんだろうと心配になりつつも、経過観察のため、その大学病院を定期的に受診していました。ところが、そのうち手にも足にも痛みが出るようになり、その痛みがだんだんひどくなっていきました。
歩く時は、石ころを踏んでいるような感じで、足の裏に常に違和感があるだけでなく、痛みもある。その痛みがひどくなる一方で、最後は激痛で歩けなくなることもありました。安静にしている時も痛くて、痛み止めを飲んでも、坐薬を入れても効かない。痛みのあまり睡眠不足になるのが当たり前のような毎日でした。
足の痛みを緩和させるために、靴もインソールもオーダーメイドにしていましたが、それでも痛みが消えることはありませんでした。スニーカーだと何とか歩けるので、冠婚葬祭の時は靴を持参して会場で履き替えるようにしました。私は買い物が好きなのですが、当時は歩けないし皮膚の状態もあるし、買い物になかなか行けませんでした。たまに行った時は、服でも靴でも購入したものは、すべて色違いで複数買うようにしていましたね。
そのうち手の指の関節もソーセージのように腫れ上がって、赤味がかった色が紫色になるなど、状態が悪化していきました。ボタンの着け外しができない、小銭がつまみづらい、包丁をつかんで食材を切ることができないなどがつらかったです。

信頼できる医師との出会い、治療法との出会いで人生が大きく変わった

治療過程で嬉しかったことを教えてください。

関節があまりに痛くなり、歩けなくなったので、50 歳の頃、病院を変えたところ、主治医になってくれた女医さんから光線療法を勧められました。それまで「光線療法=皮膚がん」というイメージがあり、何となく抵抗があったのですが、乾癬の症状が改善しないまま過ごした時間が長くなっていたこともあり、「効果のある人もいれば、効果のない人もいるけれど試しに光線療法をやってみませんか」という医師の言葉に素直に従うことにしました。
光線を吸収しやすい軟膏を塗ってから光線を照射するのですが、照射時間や回数は個々の状態によって違うそうです。こまめに治療を受けたほうが治りが良いと言われましたが、仕事の都合で最初は週に2 回、その後は毎週1 回、土曜日に光線療法を受けに通院しました。
私の場合は光線療法が合ったようで、毎週受けるたびに発疹がなくなって普通の皮膚が見えてくるようになりました。1 ヵ月半~ 2 ヵ月位で腰の発疹はほとんどなくなりました。どれほど嬉しかったことか!気持ちが晴れるというのは、こんな感じだったのかしらと思うほど、毎週わくわくしていました。
肘の部分の乾癬がなくなった時は、「カーディガンを着なくてもいいんだ!夏も半袖が着られるんだ!」と心底嬉しくなりました。実際に半袖を着られた時は夢を見ているような気持ちでした。それまでの治療で一番嬉しかったこと、と言ってもいいほどですね。

医師との出会い、治療法との出会いが、いかに大事かわかる出来事ですね。
ほかに嬉しいことはありましたか?

もう1 つ嬉しかったことは、それまでは定かでなかった痛みの病名が、乾癬性関節炎と正式に診断されたことです。関節の痛みというとリウマチが疑われますが、私の場合、リウマチ反応はなく、血液中の炎症反応(CRP※)だけが上昇していたので、慎重に検査を重ねた上で診断がつきました。
また、足のくるぶしが腫れ、脱臼もしていたので痛くて歩けない状態でしたが、「大丈夫、手術したら歩けるよ」と言われ、この時も、本当に嬉しく思いました。
「私の人生は、つらい症状を抱えながら生活していくものなんだ」と思い込んでいたのですが、病院を替えたことでご縁ができた女医さんには、本当に感謝しています。ある時、レントゲンを見ながら今後の治療について、先生から説明を受けていたら、自分では気付かないうちにポロポロ涙が出て止まらなくなってしまったことがありました。その時は自分でもなぜ泣いているのかわかりませんでしたが、おそらく先生が、「これは手術したら歩けるようになるから」とか、「乾癬性関節炎もリウマチも似たような治療だけど、1年前には改善が難しかった症状にも効果のある治療法があるから」「良い薬はこれからも開発されるから、5 年前と今が違うように、5 年後はもっと期待できるから」と、希望を持てるように指導してくださったことに感動したからだと思います。

乾癬はうまく付き合っていくことで、生活を取り戻せると悩んで孤立している人に伝えたい

現在、乾癬および乾癬性関節炎の治療薬として、「生物学的製剤」がありますが、このお薬について、どのように考えますか?

以前から生物学的製剤の効果については知っていましたけれど、何となく怖くて使いたいとは思いませんでした。こんなに効くということは、体内に何かしらの悪影響を及ぼすはずだと思っていましたから。
そんなある日、定期チェックで手の関節の痛みが悪化していることがわかり、主治医の先生から生物学的製剤を勧められました。私も「手の状態が治らないし、そろそろ考慮しなくてはいけないのかも」と内心思っていたので、始める決心をしました。
その日、生物学的製剤の注射を2 本打ち、関節の痛みと頭の発疹は少しずつおさまっていきました。以後は定期的に注射を続けながら、仕事も完全に復帰し、元気に楽しい日々を過ごしていましたが、ある時、何となく咳が出るし熱っぽいし、少しだるいかなと思っていたところ、定期チェックでレントゲンを撮ったら、肺炎との診断でした。37 度少しの熱がある程度で、普通の状態だと思い込んでいたのですが、診察日の夜には急激に悪化し驚きました。生物学的製剤では呼吸器感染症に注意するよう聞いていましたが、まさかという思いでした。
けれど、生物学的製剤のおかげで乾癬が全部消えましたし、関節は少し痛くても日常生活に支障は出ていません。症状が改善されると、今まで我慢していた分、誰でもすごく動きたくなるものです。でも、肺炎の経験から調子が悪い時は無理をしないで、良い加減を保つようにしています。

乾癬と、上手に付き合う方法を教えてください。

乾癬は、早く治療をすれば、普通の生活を取り戻せる病気だと思います。私は治療をしていく中で両足の指の矯正手術も肺炎も経験しましたが、今は無理をしなければ元気に過ごせています。好きな買い物にも出かけますし、吹き矢やカーレット(カーリングのテーブル版)、気功などの趣味を楽しんでいます。
ただし、乾癬は長期の治療になりますので、つらい状態に慣れてしまって、体に異変を感じてもつい「様子をみよう」となってしまいがちです。できれば早めに、「心配だから来ました」とかかりつけの先生に診てもらったほうがいいし、私も今はそうしています。その上でいろいろな生活の工夫をしていくことが大事なんだと思います。
実は治療の効果が出て乾癬の症状がおさまった後、ほかの患者さんの役に立ちたいと思い、患者会の運営のお手伝いをするようになりました。講演会の受付をしたり、初めて参加される患者さんには声をかけさせていただいたりもします。

患者会に入って良かったと思うことは、痛みやつらさを正直に話せる仲間ができたことです。家族、同僚、学校の友達など、「親しい人だからこそ話せない」ということもあります。でも患者会には、同じ病気を持つ人が集うので、どんな悩みを打ち明けても共感してくれますし、経験者にしかわからない痛みやつらさをわかち合える気がします。また、患者会に参加してくださる先生方は、みんな優しく熱心です。先生とお話しする機会に恵まれ、今まで聞けなかった疑問が解消したこともあります。
私は、光線療法を勧めてくださった先生や、関節炎と歩行困難を治してくださった先生、患者会で出会った方々にずいぶんと救われてきました。症状がなかなか改善しないと、「どうせ治らないんだ」と悲観的に考えがちですが、「治したい」という自分の思いをしっかり持って治療に向き合い、主治医に相談していくことが大切だと思います。

本記事の治療結果は個人の体験であり、
全ての人に当てはまるものではありません。

「Rebrand Yourself vol.2」2022年7月掲載

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